福島地方裁判所郡山支部 昭和34年(わ)6号 判決 1959年8月07日
被告人 小松一郎
大一一・一二・七生 会社員
主文
被告人を禁錮四月に処する。
たゞし本裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。
訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は福島県安積郡富久山町大字福原字塩島一番地所在ステーブルフアイバー(以下スフと略称する)製造を目的とする日東紡績株式会社富久山工場のスフ製造部門における製絹保全部主任としてスフ原液であるビスコースからスフを製造する部門(これを製絹部と称する)に属する各種機械設備の管理又は補修を指揮監督する業務に従事しているものであり、同工場ではビスコースから繊維素を分解抽出するためにビスコースを稀硫酸液中に浸出させるのであるがその際稀硫酸中には人体に極めて有毒な二硫化炭素やその他の不純物が混入して残ることとなるので、この稀硫酸を比較的清澄なものに還元回収するために先ず固形の不純物を取り除く装置として、クラリフアイアーと称する浮遊式角型の浄化槽(縦四・七米、横三・三米、高さ二・八米)四基を設け、これに不純な稀硫酸を導入し、その底部から摂氏五〇度位の空気を噴出させて泡立たせ、この泡とともに浮上つた、不純物を槽外に放出させており、一方この加熱により稀硫酸中に含まれる二硫化炭素は蒸発して二硫化炭素ガスとなり各クラリフアイアーの上部に充満し、これを放置して溢出させれば衛生上危険なので四つ股状になつた排気道を四基のクラリフアイヤーの天蓋に取付け、これに各クラリフアイヤーから発生する二硫化炭素ガスを上昇させ、更に高さ約四四・五米、直経約五・四五米の煙突(これを特に嗅突と称する)に導き排気道と嗅突との連結部に風車を取付けこれを電動機で回転させてガスを工場外大気中に高く放散させているので、被告人の業務中には、右工程におけるクラリフアイヤーについては現場係長である紡浴保全係長川口吉雄を指揮監督してその維持補修に当りまた風車については現場係長である紡糸保全係長深沢伝吉を指揮監督してその運転を管理するとともに故障についても補修する任務があるものであるところ、昭和三三年一〇月三〇日風車の羽根に塗られてある錆止め用被膜が剥離し永く放置することが許されない故障のあることが発見されたので、同年一一月一日午前九時三〇分頃同工場次長橋本岩夫の命により風車の運転を一時停止して故障の部位程度について点検することとなつたのであるが、風車の運転を停止すれば二硫化炭素ガスの排気が鈍化し有毒ガスが溢出して工場内に漂流する危険があり、他方クラリフアイヤー室においては紡浴保全係川口吉雄の指揮によりクラリフアイヤーの一基についてその内部補修のためその運転を停止し、稀硫酸を抜いてその中に紡浴保全係員高瀬友春(当三一年)が入り補修作業に従事中であつたからこのような場合風車の運転管理を指揮監督することを業務とする被告人としてはクラリフアイヤーにおける作業員をはじめとして二硫化炭素ガスの発生する部署で作業する者に風車運転停止の詳細を周知させ、その確認を得た後でなければ風車運転停止の措置をとつてはならない業務上の注意義務があるのに、被告人は不注意にも風車の故障部分点検のためその運転が一時停止になることは他の者により関係する危険部署の作業員に伝達されたものと軽信し、特に被告人の指揮監督下に属するクラリフアイヤーにおいて保全作業に従事する右紡浴保全係長川口吉雄以下の現場作業員に伝達せず且つ右川口等がその独自の判断により当時如何なる保全作業に従事していたかその詳細をも確めないまゝに風車の一時運転停止処置を採らせたため、風車運転停止により二硫化炭素ガスの排気が停滞し、クラリフアイヤー四基のうち運転中のクラリフアイヤー三基から発生する二硫化炭素ガスが四つ股状の排気道に充満して滞留し、運転停止して内部補修作業が行われていたクラリフアイヤーの内部に流れ込ませ、右高瀬をしてこれを吸入させてそのクラリフアイヤーの内部に昏倒させ、同人を救出しようとしてこのクラリフアイヤーの内部に順次駆け込んだ工員柳内昭雄(当三〇年)工員青木和義(当二六年)及び工員佐藤利三郎(当四九年)にも二硫化炭素ガスを吸入させて昏倒させ、因つて二硫化炭素ガス中毒により高瀬に対しては安静加療二週間を要する傷害を、柳内に対しては安静加療一ヶ月を要する傷害を、佐藤に対しては安静加療二週間を要する傷害を負わせた外青木をして同日午後零時四五分頃同工場内日東病院富久山診療所において死亡させたものである。
(証拠)(略)
(法令の適用)
被告人の判示所為は刑法第二一一条前段第五四条第一項前段罰金等臨時措置法第二条第一項第三条第一項第一号に当るから刑法第一〇条により其の最も重いと認める青木に対する致死の罪について定めた刑に従い所定刑中禁錮刑を選び、その刑期内において被告人を禁錮四月に処するものであるが情状にかんがみ同法第二五条第一項を適用し本裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予すべく、訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項本文に則り其の全部を被告人に負担せしめるものである。
(裁判官 菅家要)